「今日、トイレに何回行けましたか?」
そう聞かれて、すぐに答えられる先生は少ないのではないでしょうか。
朝は出勤時刻より前から登校指導、1時間目が始まればそのまま授業へ。
給食は「食事」ではなく「指導」の時間。
気づけば放課後、部活や保護者対応を終えて職員室に戻ると、もう外は真っ暗——。
「休憩? そんなもの、取れるわけないでしょう」
そんな言葉が当たり前になっているのではと思います。
私自身、21世紀の始まりとほぼ同時期に教員になり、2023年に退職しました。「休憩ナニソレ美味しいの?」という状態は、嫌と言うほど経験しています。
だからこそ、現場の先生方にこれ以上しんどい働き方を続けて欲しくないのです。
この記事では、「もっと効率よく働こう」「断る勇気を持とう」といった精神論ではなく、文部科学省や公立学校教頭会の公式データを”武器”にして、「やらなくていい仕事」を合法的に手放す方法をお伝えします。
「先生が楽をしたいから」ではなく、「国の方針に沿っているから」——そう言えるようになるための処方箋です。
数字が語る「異常」教員の休憩時間の実態
まず、冷静に「数字」つまり実際の調査を見てみましょう。
教員が実際に取得できた休憩時間については、法定休憩時間が45分であるところ、「0分」が44.3%にのぼるほか、「15分未満」(19.7%)、「15分以上(30分未満)」(18.7%)、「30分以上(45分未満)」(12.6%)を合わせた<45分未満>が95.3%と大多数を占めており、<45分以上>は4.7%にとどまる。平均休憩取得時間は11.1分で2024年(12.9分)よりやや短い。
平均休憩取得時間、11.1分。
コンビニでお弁当を買って食べる時間すら、ありません。
さらに深刻なのは、その内訳です。
- 「休憩0分」と回答した教員:44.3%
- 法定の45分以上を取れている教員:4.7%
労働基準法では、6時間を超える労働に対して少なくとも45分の休憩を与えることが義務付けられています。これは「努力義務」ではなく、法的な義務です。
にもかかわらず、教育現場ではこの法律が完全に形骸化しています。
私のThreadsアカウントでも、以下の投稿に大きな反響がありました。

現役時代の私も、休憩などはなからあきらめざるを得ない状況でした。トイレにも行けず、膀胱炎を繰り返す日々。
給食も連絡帳を書きながら5分でかきこむのが当たり前だったので、今でも早食いの癖が抜けません。
しかも、これだけ「教員の働き方改革」が叫ばれているにもかかわらず、状況は悪化しているのです。
もしこれが一般企業であれば、労働基準監督署の指導対象になるレベルです。でも、学校では「みんなそうだから」「子どものためだから」という空気の中で、異常が”普通”になっていないでしょうか。
ここで一度、自分自身に問いかけてみてください。
「私は今日、何分休めただろう?」
その数字を、客観的に見つめることが、最初の一歩です。
なぜ「やめられない」のか——”子どものため”という呪縛
「休憩が取れないとか言ってないで、取ればいいじゃないか」
外部の人間は、そう言うかもしれません。
でも、現場にいる先生方には、それがいかに難しいことか、痛いほどわかっているはずです。
なぜ、やめられないのか。 なぜ、手放せないのか。
その根っこにあるのは、「子どものため」という、美しくも残酷な言葉ではないでしょうか。
「本来、学校がやらなくていい仕事」が山積みになっている
文部科学省は、学校の業務を3つに分類しています。
- 学校以外が担うべき業務(例:登下校の見守り、放課後の安全パトロール)
- 学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要がない業務(例:給食費の徴収、清掃指導)
- 教師の業務だが、負担軽減が可能な業務(例:部活動、授業準備)
つまり、国は「登下校指導や放課後の見回りは、本来、学校ではなく地域や保護者が担うべき」と明確に示しているのです。
ところが、現実はどうでしょうか。
2025年に全国公立教頭会が行った調査によると、「登下校時の見守り活動」を「ほとんど学校が担う」「どちらかというと学校が担う」割合は78.1%。「放課後の見回り」は59.7%にのぼります。
国が「やらなくていい」と言っている仕事を、学校が(というより、先生方が)やらされているのです。
「断れない空気」の正体
でも、これは学校側の「お人好し」が原因ではありません。
断れない構造があると、私は思います。
- 「去年もやっていたから」という前例踏襲
- 「他の先生もやっているのに」という同調圧力
- 「地域や保護者にお願いすると角が立つ」という配慮
- そして何より、「子どものために、やらないわけにはいかない」という使命感
この使命感は、教師という仕事の尊さの源泉でもあります。しかし同時に、自分を追い詰める呪縛にもなりうるのではないでしょうか。
「子どものため」という言葉の前では、自分の健康も、家族との時間も、全てが後回しになってしまう。そして気づいたときには、心も体も限界を超えている。
そう思いませんか?
「手を抜くこと」への罪悪感を手放す
ここで、ひとつ考えてみてください。
「休憩を取ること」は、手を抜くことでしょうか?
「やらなくていい仕事を断ること」は、職務放棄でしょうか?
答えは、Noです。
むしろ、適切に休息を取り、本来の業務に集中することこそが、プロフェッショナルとしての責任ある行動なのではないでしょうか。
飛行機のパイロットが「乗客のために休憩を削って連続運航します」と言ったら、私たちはその飛行機に乗りたいと思うでしょうか。
医師が「患者のために3日間寝ずに手術し続けます」と言ったら、その手術を受けたいでしょうか。
教員も同じです。
疲弊した先生が、子どもたちに最高の教育を届けられるはずがない。
「子どものため」を本気で考えるなら、まず自分を守ること。その順番を、取り戻す必要があるのです。
「撤退」は逃げではない。文科省が認めた”学校がやらなくていい仕事”
「業務を減らしたい」「断りたい」
そう思っても、何の根拠もなく「やりたくありません」とは言えませんよね。管理職や同僚の目、保護者からの期待——そうした圧力の中で、個人の感情だけで動くのは難しいです。
だからこそ、「根拠」を持つことが大切なのです。
そしてその根拠は、すでに存在しています。文部科学省が、公式に示してくれているのです。
文科省が示した「3つの分類」
2023年に文部科学省が示した「学校・教師が担う業務に係る3分類」では、学校の業務を以下の3つに分類しています。
【第1分類】基本的には学校以外が担うべき業務
- 登下校に関する対応(見守り、交通指導)
- 放課後から夜間などにおける見回り、児童生徒が補導されたときの対応
- 学校徴収金の徴収・管理
- 地域ボランティアとの連絡調整
【第2分類】学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務
- 調査・統計等への回答(事務職員が担当可能)
- 児童生徒の休み時間の対応(輪番制、支援員の活用)
- 校内清掃(生徒主体、外部委託の検討)
- 部活動(地域移行の推進)
【第3分類】教師の業務だが、負担軽減が可能な業務
- 給食時の対応
- 授業準備(ICT活用、教材共有による効率化)
- 学習評価や成績処理(システム化)
- 学校行事の準備・運営(精選・簡素化)
- 進路指導(外部人材の活用)
- 支援が必要な児童生徒・家庭への対応(SC・SSWとの連携)
(引用・文部科学省「学校・教師が担う業務に係る3分類」更なる役割分担・適正化の推進に向けた取組について」2023年)
注目すべきは、第1分類の業務は「学校以外が担うべき」と明記されていることです。
つまり、登下校指導や放課後の見回りを「先生がやらない」のは、文科省の方針に沿った行動なのです。
「私が楽をしたいから」ではなく「国の方針だから」
この分類を知っているだけで、交渉の仕方が変わります。
たとえば、登下校指導の負担軽減を提案するとき。
❌「毎朝の旗振り当番、正直キツいのでやめたいんですが…」
これでは、「個人のわがまま」に聞こえてしまいます。
⭕「文部科学省の指針では、登下校対応は『基本的に学校以外が担うべき業務』と分類されています。地域や保護者の方々との連携を強化して、持続可能な体制を作りませんか?」
同じ「減らしたい」という要望でも、公式データを根拠にするだけで、説得力がまったく違います。
「私が楽をしたいから」ではなく、「国の方針に沿った学校運営をするために」。この言い換えができるようになると、交渉のハードルはぐっと下がります。
「撤退」は、教育を守るための戦略的選択
軍事用語に「戦略的撤退」という言葉があります。
これは、負けを認めて逃げることではありません。戦力を温存し、より重要な戦いに備えるための、合理的な判断です。
教員の働き方も同じではないでしょうか。
全ての業務を100%でこなそうとして倒れてしまったら、元も子もない。それなら、「本来やらなくていい仕事」から撤退し、「本当にやるべき仕事」にエネルギーを集中させる方が、よほど賢い選択です。
文科省のデータは、その「撤退」を正当化してくれる“盾”になります。
ぜひ、この盾を手に入れてください。そして、必要なときに使ってください。
明日から使える「交渉の型」とは?管理職・保護者への伝え方
「文科省の方針はわかった。でも、実際にどう切り出せばいいの?」
そう思った方もいるかもしれません。
理屈ではわかっていても、いざ管理職に相談したり、保護者にお願いしたりするのは、なかなか勇気がいるものです。
この章では、明日から使える「交渉の型」を具体的にお伝えします。
大切なのは、感情ではなくデータで語ること。そして、「自分が楽をしたい」ではなく「学校全体のために」というフレーミングで伝えることです。
【型①】管理職への相談テンプレート
まずは、校長や教頭への相談の仕方です。
いきなり職員会議で提案するのはハードルが高いので、まずは個別に相談する形をおすすめします。
【相談の流れ】
Step 1:事実を共有する
「少しご相談があるのですが、お時間いただけますか。 最近の調査で、教員の44%が休憩時間0分という結果が出ていました。正直なところ、私自身もほとんど休憩が取れていない状況です」
Step 2:課題を客観的に示す
「文科省の指針では、登下校指導などは『基本的に学校以外が担うべき業務』と分類されています。ただ、現状では先生方が毎日対応している状態で、ここを見直せないかと考えています」
Step 3:提案をする(選択肢を示す)
「たとえば、PTAや地域の見守りボランティアの方々にご協力いただく形や、当番制の頻度を減らす形など、いくつか方法があると思います。学校全体として検討いただけないでしょうか」
Step 4:協力姿勢を見せる
「もちろん、私も資料作成などお手伝いできることがあれば協力します」
ポイントは、「私が辛いから」ではなく「データに基づいた課題提起」として伝えることです。
管理職も、感情的な訴えには対応しづらくても、客観的なデータと具体的な提案があれば検討しやすくなります。
【型②】保護者・地域への協力依頼の伝え方
登下校指導や見守り活動を地域に移行する場合、保護者への説明も必要になります。
ここでも、「学校が手を抜きたいから」ではなく「子どもたちのために持続可能な体制を作りたい」というメッセージが重要です。
【伝え方の例:学級通信・保護者会での説明】
「日頃より、本校の教育活動にご理解・ご協力いただきありがとうございます。
さて、文部科学省は『登下校の見守り活動は、地域・保護者との連携のもとで行うべき』という方針を示しています。 本校でも、この方針を踏まえ、より多くの大人の目で子どもたちを見守る体制づくりを進めたいと考えております。 先生方が登下校指導に時間を取られることで、授業準備や子どもたち一人ひとりと向き合う時間が削られているのが現状です。 地域の皆様、保護者の皆様のお力をお借りすることで、先生方が本来の教育活動に専念でき、結果として子どもたちにとってより良い学校になると考えております。 ご協力いただける方は、ぜひお声がけください」
この伝え方のポイントは3つあります。
- 文科省の方針を引用する(権威性)
- 子どもにとってのメリットを強調する(共感)
- 「お願い」ではなく「一緒に作る」という姿勢(協働)
「先生が楽をしたいから押し付けている」ではなく、「子どもたちのために、みんなで支える学校を作りたい」というメッセージに変換するのです。
【型③】職員会議での提案——「一人で戦わない」
ここまで読んで、「自分一人で管理職に言っても、変わらない気がする」と感じた方もいるかもしれません。
その感覚は、おそらく正しいです。
一人の声は、かき消されやすい。 でも、複数の声は、無視できない。
だからこそ、同じ課題意識を持つ同僚と連携することが大切です。
【連携のステップ】
- まずは雑談から
「最近、休憩取れてます?」「登下校指導、キツくないですか?」と、さりげなく話題にしてみる。 - データを共有する
「こんな調査結果があるんですけど…」と、この記事や文科省の資料を見せる。 - 「一緒に提案しませんか」と誘う
「職員会議で提案してみたいんですけど、一緒に声を上げてもらえませんか」 - 職員会議で複数人で発言する
一人が提案し、別の人が「私も同意見です」と援護射撃する。
管理職にとっても、「一人が言っている不満」と「複数人が指摘している構造的課題」では、受け止め方が全く違います。
「おかしい」と思っていることを、一人で抱え込まないでください。
必ず、同じことを感じている仲間がいるはずです。
それでも残る業務は「仕組み」で減らす
ここまで、「やらなくていい仕事を手放す」方法についてお伝えしてきました。
でも、現実的には、すべての業務をすぐに手放せるわけではありません。
登下校指導を地域に移行するにも時間がかかる。部活動の地域移行も、まだ道半ば。管理職や保護者との交渉が実を結ぶまでには、数ヶ月、場合によっては数年かかることもあるでしょう。
「じゃあ、その間はどうすればいいの?」
この章では、今すぐできる「仕組みで業務を減らす」工夫をお伝えします。
工夫①:校務DXの「小さな一歩」を踏み出す
「DX」と聞くと、大げさに感じるかもしれません。でも、難しいことをする必要はありません。
「繰り返し発生する作業を、少しだけ楽にする」
それだけで十分です。
【すぐに試せる例】
- 定型文の辞書登録
「お世話になっております」「ご確認のほどよろしくお願いいたします」など、よく使うフレーズを単語登録しておく。「おせ」→「お世話になっております。」と一発変換できるだけで、地味に時短になります。 - Googleフォームで集計を自動化
保護者アンケートや出欠確認を紙で集めて手作業で集計していませんか?Googleフォームを使えば、集計は自動。慣れれば15分で作れます。 - 生成AIに「たたき台」を作らせる
学級通信、保護者へのお知らせ文、所見の下書き——こうした文章作成は、ChatGPTなどの生成AIに「たたき台」を作らせると、ゼロから書くより格段に楽になります。
特に生成AIについては、文部科学省も2023年のガイドラインで「校務での活用」を明確に推奨しています。
「授業準備や各種文書のたたき台作成を含む校務において利活用することで、校務の効率化や質の向上等、教職員の働き方改革につなげていくことが期待される。」
文部科学省「初等中等教育段階における 生成AIの利活用に関するガイドラインp.13 3-1.教職員が校務で利活用する場面」
つまり、「AIを使って仕事を楽にする」ことは、国がお墨付きを与えているのです。
「自分はITが苦手だから…」と敬遠せず、まずは一つだけ試してみてください。
工夫②:「完璧」を手放す勇気を。70点で回す学級経営
先生方の多くは、真面目で責任感が強い方ばかりです。
だからこそ、「ちゃんとやらなきゃ」「手を抜いてはいけない」という思いが強い。
でも、その完璧主義が、自分自身を追い詰めていませんか?
【考え方のシフト】
- 100点を目指して1つこなすより、70点で3つ回す方が、結果的に子どもたちのためになる
- 「最高の授業」を1回やるより、「まあまあの授業」を安定して続ける方が、子どもの学びは積み上がる
- 掲示物が少し曲がっていても、子どもは気にしない。気にしているのは自分だけ
これは「手を抜け」ということではありません。
「有限のエネルギーを、本当に大切なことに集中させる」ということです。
完璧な学級通信より、子どもの話に耳を傾ける5分間。 完璧な掲示物より、「今日も頑張ったね」の一言。
「何を頑張らないか」を決めることは、「何を大切にするか」を決めることでもあるのです。
工夫③:「今日やらなくていいこと」リストのすすめ
ToDoリスト、つまり「今日やること」を書き出している先生は多いと思います。
でも、私がおすすめしたいのは、その逆。
「今日やらなくていいこと」リストです。
【作り方】
- いつものToDoリストを書き出す
- その中で、「今日やらなくても、明日以降で大丈夫なもの」に印をつける
- 印がついた項目は、今日は絶対にやらないと決める
「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」と頭の中がいっぱいになっているとき、人は判断力が鈍り、余計に疲弊します。
「これは今日やらなくていい」と決めることで、頭の中に余白が生まれます。
その余白が、あなたを守ってくれます。
完璧じゃなくていい。続けられることが、一番大事
仕組みで楽をすること。 70点で回すこと。 「やらない」を決めること。
これらは全て、「明日も教壇に立ち続けるため」の戦略です。
今日、完璧にやって倒れるより、 70点で続けて、来年も子どもたちの前に立てる方が、 ずっと価値がある。
「続けられる働き方」を、自分で設計してください。
あなたが倒れないことが、最大の教育貢献
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
最後に、一番伝えたいことをお話しさせてください。
私たち教員は、「子どものため」という言葉に弱い生き物です。
だから、自分のことは後回しにする。 休憩を削る。睡眠を削る。家族との時間を削る。 そうやって、少しずつ自分をすり減らしていく。
でも、考えてみてください。
疲れ切った顔で教室に立つ先生と、笑顔で「おはよう」と言える先生。
子どもたちは、どちらの先生と一緒に学びたいでしょうか。
あなたが健康で、心に余裕を持っていること。 それ自体が、子どもたちへの最大の贈り物なのです。
この記事でお伝えしてきた「やらなくていい仕事を手放す」という考え方。
もしかしたら、「それは逃げではないか」「責任放棄ではないか」と感じた方もいるかもしれません。
でも、私はそうは思いません。
「撤退」は、教育を持続させるための戦略的選択です。
文部科学省も、「学校以外が担うべき業務」を明確にしています。 教頭会も、現場の窮状をデータで示しています。
これらの「武器」を使って、自分を守ることは、正当な権利です。
そして、自分を守ることは、子どもたちの学びを守ることにつながります。
限界を超えて倒れてしまったら、その先生が担当していたクラスはどうなるでしょうか。 年度途中で休職者が出たら、残された同僚の負担はどうなるでしょうか。
あなたが倒れないことは、あなた個人の問題ではなく、学校全体の問題なのです。
もし今、あなたが限界を感じているなら。
「もう無理かもしれない」と思っているなら。
どうか、一人で抱え込まないでください。
同僚に話してみてください。 管理職に相談してみてください。 SNSで、同じ境遇の仲間を探してみてください。
「おかしい」と感じているのは、あなただけではありません。
全国に、同じ苦しみを抱えながら、それでも教壇に立ち続けている先生方がいます。
あなたは、一人ではありません。
最後に——この記事を読んでくださったあなたへ
私自身、2023年3月に20年以上勤めた教員を辞めました。
仕事が忙しすぎたことが直接の理由ではありませんが、疲弊しきっていたのは事実です。
今ではフリーランスのライターとして地味ながら充実した日々を送っています。
でも心のどこかで、今なお現場で奮闘している先生方に対し、「自分は最後まで頑張りきれなかった」と申し訳なさを感じているのです。
今日も、明日も、教室で子どもたちの前に立つあなたへ。
無理をしすぎないでください。 自分を大切にしてください。 そして、「助けて」と言える勇気を持ってください。
あなたが元気でいてくれることが、子どもたちにとって、何よりの希望です。
この記事が、少しでもあなたの「武器」になれば幸いです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
